読書記録・特別研究員3年目

(2004年10月〜2005年3月)


以下はポスドク最後の半年間における読書記録です。
日記からの抜粋で、読んだ順に並んでいます。


地球科学

自然科学一般

実用書ほか

文学など



脳内現象(茂木健一郎著/NHKブックス)

意識の科学に禁断の「ホムンクルス」を導入した,衝撃の一冊.気鋭の脳科学者の新たな地平が展開される.
・・・と言ったが,実はこの本では「展開」で終わってしまう.意識の科学についての到達点は示されない.ホムンクルスを導入することによってどのような革命が待っているのか,導入が刺激的で面白かっただけに,読者にとってはイマイチ不完全燃焼のまま終わる.もっとも,これは意識の科学の現実を正直に指し示しているだけなのかも知れない.

僕の懸念は,モギケンさんはいつの間にペギオさん(郡司幸夫さん)になってしまったのか,という事である.もちろん,お二人が盟友であるらしい事は存じている.しかし,モギケンさんは今回,前著(心を生み出す脳のシステム)で展開された「神経ネットワークの複雑な関連性の理解」という視点を破棄し,ペギオさん的な内部観測理論への大幅な傾倒を見せている.
自らの意識を客体として認識しようとする際の無限退行問題(フレーム問題)を解決するためにメタ認知という媒介項を用意し,その媒介項によって主体と客体を逆照射するという手続き(あるいはその正反対かも知れないが)は,まさにペギオさんがこれまで展開してきた内部観測理論のアナログである.ただ,茂木さんは「フレーム問題」,「媒介項」,そして「内部観測」といったジャーゴンを使わず,ホムンクルスやメタ認知という感覚的に分かりやすい言葉で解きほぐしているに過ぎない.もちろん郡司さんの手法を意識の科学に導入したのは茂木さんのオリジナリティなのかも知れないが,僕にはそうした茂木さんの指向が少し残念だったりする.もともと科学として扱うのが困難な「意識」といったものを,感覚や指向といった「クオリア」という単位に還元する基礎を築いたのに,もはや茂木さんは通常科学で意識を扱う可能性には回帰しないのだろうね.(2004/10/02)


内側から見た「富士通」成果主義の崩壊(城 繁幸著/光文社ペーパーバックス)

成果主義導入のフロントランナーとして知られる富士通でどのように成果主義が失敗したかを,かつて人事部に所属していた著者が克明に告発し,あるべき日本型の成果主義を提案する.
まぁ富士通に限らず,日本中の企業で似たような事は起きていると思う.これまで日本式の年功序列社会だったところに,全く新しい思想を導入しようとしたのだから,その過渡期では様々な制度上の欠陥や軋轢が次々に生じてくるのは十分に予想できる.しかし,著者も言うように,このグローバル化社会では今さら年功序列式には戻せっこない.社会全体の意識を変えていくしか無いのである.

どうでもいいけど,この著者は誰を想定読者としているのだろうか?
文全体に挿入されたおびただしい英単語は,何のためなのだろう?はっきり言って何の機能も果たしておらず,ムダに文を長くしているだけである.文章作成のうえで冗長を避けることは,基本中の基本である.富士通の社内でこんな文章がまかり通っていたとしたら,そっちの方が会社凋落の原因じゃないかと思えてくる.
著者は自分の英語の知識をひけらかしたくてやっているのか?だとしたら,明らかに逆効果だ.ここで挿入されている単語は,ある程度日常的に英語を読み書きしている人なら,むしろ知っていてアタリマエの単語ばかりだ.はっきり言ってウザくて苦痛だし,逆に読んでいて著者の知識の底が見えてしまい,バカっぽく思えてくる.
著者が真に人事制度の改革を望むなら,制度の企画に直接関わる,社会の上層部に訴えなければ意味がないだろう.だが,この本は上記の理由で,上層部を構成するような教養人には恐らくマトモに取り合われない.ベストセラーだそうだが,一体誰が読んでいるというのだろうか?(2004/10/01)


面白南極料理人(西村淳・著/新潮文庫)

「電車の中で読んではいけない」というのは分かるなぁ...面白すぎて,笑いをこらえるのに一苦労だ.
料理人として南極ドーム基地で越冬したオッサンが,いかにも普通のオヤジっぽいノーテンキな視線で越冬隊の超・日常を語る.食材有効活用のちょっとした工夫が光るレシピも紹介されていて,料理のできる男がカッコ良く思えてくる.

僕は相変わらず,料理と言えば「刻んで,がーっと炒める」か,「刻んで,ぐらぐらーっと煮る」ことしかできませんがね.

実は,南極の棚氷には見事な年縞が刻まれていて,高分解能な気候変動解析にとても適しているのである(ただし,ニュージーランドほどすごい氷は得られていないと思う).そこで,日本の南極観測隊も,南極の内陸奥深くに「ドーム基地」を設立し,氷床の深層ボーリング掘削を行ったのである.
そして得られた氷床コア試料の一部が,先日の地震でヒッチャカメッチャカに崩れた防災科研長岡支所の,超低温倉庫に貯蔵されていたのであった.地震の影響で長岡支所は数日間にわたって停電していたのだが,西村さん達が苦労して掘削した国際的にも貴重な氷床コア,溶けちまっちゃいないだろうね!? (2004/11/5)


夜回り先生(水谷修・著/サンクチュアリ出版)

(帯から)
なぜ夜の街の子どもたちが,水谷先生にだけは「心をひらく」のか,その答えがこの一冊におさめられている
たしかに,答えはあったと思う.この先生は,子供達に対して構えない.ストレートに,素直に内側へ踏み込んでいく.そこに照れや打算は無く,義務感すらも無く,ただ自分自身も寂しく孤独なひとりの人間として,彼らと出会い友達になりたいという一心なのだ.そんな真心が,同じく孤独で寂しさを抱える少年少女に届かない筈が無い.

本の構成の方には過剰な演出が感じられ,こちらには打算が見え隠れする(ぉ
1400円の本を買ったのに,それが僅か30分で読み終わってしまうであれば,活字好きには欲求不満が溜まる.この人の本をもっと読みたいと思う.図書館でね.(2004/11/6)


震災列島(石黒曜・著/講談社)

東海地震と東南海地震が同時発生した!未曾有の大災害に乗じて,地質調査業の親子は壮絶な復讐を開始する.土建屋行政によって引き起こされた無秩序で脆弱な都市開発に,警鐘を鳴らす一冊.

・・・つーか,読んでいてツラすぎます.電車の中で読むには(色々な意味で)ヘビー過ぎた.本気で社会に警鐘を鳴らすのであれば,保守的な人達をも巻き込めるような,深く人間的な共感を呼べるものでなければならないと思う.そうでなければ,社会は決して動かせない.あるいは,作者は自分が言いたいことをただ言いたいために,自己満足のためだけに,これを書いたのだろうか?だとすれば,それまでの事だ.僕の期待が大きすぎたという事か!

防災を科学する立場からは,彼の災害描写は(高層ビルが共振でぶつかりあう,というアリエナイ一点を除いて)ほぼ正しいと思う.僕ら科学者は,ありえる限りの様々な現象の中から,災害として最悪の事態が重なるような,実際に起こる確率としては特別に低いであろう「悲観論の極致」を想定せねばならない.そういうレアケースのシナリオを知っておくことは,理性的なリスク管理をするうえで非常に大切で,日本に暮らす以上は知っておいて損は無いと思う.

↑上記の本の話を友人にしたところ,「そんな大災害から生き延びる事ができたら,復讐なんて忘れて優しいキモチになったって良いんじゃないですかね」というご意見を頂いた.果てしなくゴモットモである.(2004/12/19)


恐竜時代の生き物たち 桑島化石壁のタイムトンネル(千葉県立中央博物館・監修/晶文社出版)

博物館で行われた特別展の展示解説書だそうだが,科学普及書としても非常に完成度が高いと思う.石川県桑島で行われた大規模な恐竜発掘調査によって明らかにされた,白亜紀前期の豊かな動植物相が,詳細かつ丁寧に解説されている.小田隆や北村雄一らが手がけたイラストも秀逸.恐竜好きの少年少女にオススメです.
マンガの絵,どこかで見たことがあるなぁと思ったら,「特攻の拓」の所十三さんでしたね.(2005/1/3)


氷に刻まれた地球11万年の記憶 温暖化は氷河期を招く(リチャード・アレイ,著/ソニー・マガジン)

グリーンランド氷床掘削コアが明らかにした,過去11万年間の気候変動記録から地球の未来を予測する.極北のグリーンランド中央部には,毎年の降雪によって非常に厚い氷床が発達している.この氷床を掘削し,長さ2マイルに達する氷の柱(アイスコア)を取り出した.アイスコアには見事な年輪が刻まれており,木の年輪と同様,1年ずつ遡って年代を入れることができる.科学者の非常な努力により,氷に刻まれた記録から,11万年にも達する気候変動が復元された.復元された過去の記録は,現在の安定な気候が束の間の安息期であり,むしろ激しい変動こそが地球環境の本質である事を物語る.現在の活発な産業活動は,この束の間の安定期を終焉させてしまうかも知れない.

ミランコビッチ,ダンスガード=オシュガー,ハインリッヒイベント,ボンド周期など,古海洋研究のキーワードが分かりやすく紹介されていて,古海洋をこれから学ぶ学部生には最適な参考書だと思った.
ただ,この本は,とにかく翻訳が悪い.まるで機械翻訳のような,日本語として明らかに不自然な文章が多々見られ,読んでいて苦痛だった.もっともこれは,訳者だけではなく原著者にも責任があるのかも知れない:英文の予想が容易に可能な文章のいくつかについては,明らかに英文としても「論文調」で,「普及書」の文体としては不適切だと思われた.院生レベル以上なら,原書を読むべきでしょうね.(2005/1/10)


スノーボール・アース 生命大進化をもたらした全地球凍結(ガブリエル・ウォーカー,著/早川書房)

先カンブリア時代,地球は幾度か「スノーボール・アース(全球凍結)」を経験した−その是非を巡って,現在も活発な論争が続いている.
強烈なカリスマ地質学者,ポール・ホフマンは,理論的に有り得ないと言われた全球凍結の終結過程を鮮やかに解き明かした.さらに,その後表れた数々の不利な物証をも意欲的に取り込んで,全球凍結のモデルを確立しつつある.
彼のモデルは,物質循環や大気海洋循環といった物質的な側面にとどまらず,生物進化についても重要な予測を与えようとしている:すなわち,彼は全球凍結が多細胞生物の進化を促したと考えているのである.当然予想された分子生物学者からの強い反発の中で,彼のモデルを裏付けるDNA解析結果も得られつつあるようだ.
本書では,ポール・ホフマン,および彼との論争の渦中にあるフィールド地質学者たちによる,全球凍結仮説の成立過程がイキイキと描かれている.優れた科学ジャーナリストである筆者の文章は魅力的で読みやすく,川上さんが監訳している訳も比較的こなれている(少なくとも学術用語での誤訳はほとんど無い).「地球大進化2:全球凍結」(NHK出版)みたいに写真や図が多用されていれば,もっと売れるかも知れないね.つーか,併せて読めばカンペキかも!(2005/2/2)


恐竜を追った人びと ダーウィンへの道を開いた化石研究者たち(クリストファー・マガウワン,著/古今書院)

物語は19世紀イギリスの化石採集家,メアリー・アニングを軸に展開する.彼女と同時代を生きた古生物学者のバックランド,イグアノドン化石の発見者である町医者マンテル,「恐竜」の名付け親であるオーウェン,近代地質学を確立したライエルなど,大学および在野の個性豊かな科学者たちが巨大な骨化石の発見・報告にしのぎを削り,人類誕生以前の爬虫類たちの時代を明らかにしてゆく.それらの発見は,当時主流だったキリスト教根本主義に根ざす「激変説」(ノアの洪水説)の化石解釈に疑問を投げかけ,ダーウィンによる進化論の登場へと道を開いていったのだ.

まぁ,面白かったけど...訳書のタイトル(恐竜を追った人びと)は,ちょっと違うと僕は思った.
いわゆる「恐竜」と,この本でメインに取り上げられている「魚竜」や「首長竜」は,subclass(亜綱)レベルで大きく違う.だからとって「恐竜」だってタクソンとは呼べないだろうけど,それでも僕の認知的には,魚竜を恐竜と呼ぶ事にかなり違和感がある.
英語タイトルの「the dragon seekers」のままの方が,よっぽど適切でシックリ来るような気がする.(2005/2/12)


[ホームページに戻る]

COPYRIGHT 2005 Hiroki Hayashi ALL RIGHTS RESERVED.